10.23 【集会宣言】

今年の大フォーラムはコロナウイルス感染予防の為、一か所に集まることはやめ、各会場をZOOMで繋ぎ行われています。この感染症の広がりは、現代社会の抱える根本的な問題を改めて浮彫りにしました。

 

 医療体制を弱体化させた各国で、医療崩壊が起こり、日本でも1990年代から保健所の数を半分に減らす中で、必要な検査や医療が受けられない事態が起こりました。私たちの仲間とその介助者も、こうした中で多大な苦難を経験しています。

 

 医療現場では、命の選別ということも言われるようになりました。コロナウイルス感染症は重症になると人工呼吸器を必要とします。医療崩壊を起こした国や地域がある中で、年齢やしょうがいによって、呼吸器の使用を制限しようというガイドラインや主張が出ています。これに対して、世界中のしょうがいしゃ運動からいのちの選別に反対する声が上がっています。

 

 また、医療機関が面会制限を行う中、入院介助を拒む病院が出てきています。入院時の介助派遣は介助を必要とする者の権利として交渉し受け入れられて来た経緯を考えると、感染症一つで私たちが築いて来たものが崩されていくのかとの危機感があります。

 

社会では、感染予防のために必要なマスク、消毒液をはじめとする必需品が不足してしまう物の生産体制の問題も明らかになりました。そして、1930年代とも比較される経済の落ち込みは、失業や住む場所を失う人々を作り出し、若い世代の自殺の増加も起こっています。

 

 入所施設や精神科病院では隔離が強まる中で、虐待など事態の悪化が懸念されます。神戸市の神出病院における虐待をはじめ、これまでも入所施設や精神科病院では虐待が起こってきました。実際にクラスターが発生する中で、面会や外出が制限されています。その中ではオンライン面会が一つの代替手段となるわけですが、とりわけ、精神科病院では、厚労省も含めて、そのための整備について、非常に消極的な姿勢を取り続けています。

 

 さらに地域生活の場では、しょうがいしゃなど介助を必要とする人が感染したり濃厚接触者として、待機が必要となった場合や同居している人が入院した場合、介助体制が重大な危機にさらされます。行政は、こうした場合の方針を作れておらず、事業所からのヘルパー派遣も見合されてしまう可能性が高いのです。また、当事者の感染ではないものの、感染を恐れてヘルパーが来なくなるなど、しょうがいしゃの生活が苦しいものになってきた状況もあります。

 

そして、コロナ禍で一番気になるのはやはり差別の問題です。感染者やその家族、また医療従事者や介護職の人たちを差別したり、東京都など感染者が多い地域の人たちも差別されています。この社会ではこれまで色んな病気や感染症が流行る経験もしてきて、そのことへの反省もあるはずなのに何故ひとたび正体不明の病気が現れただけで人を差別してしまうのでしょうか?

 

さらに、社会保障では、危機的状況が予想されます。各国政府は、新型コロナウイルス感染対策として、多額の財政出動をしていますが、これを引き締めに転じたとき、社会保障費の大きな削減が行われてくる可能性があります。

 そういう観点からも、6月25日に名古屋地裁において、2013年以降に行われた生活保護費削減を肯定する判決が出されたことは、今後に大きな悪影響を及ぼす恐れがあります。しかもこの判決では、「国民感情や国の財政事情を踏まえたもの」であると肯定しているのです。生存権否定の判決と言わざるを得ません。

 

 社会的な状況は、障害者権利条約や「骨格提言」の求めるものからますます遠のいてしまっているように思われます。そんな中で、このコロナ禍において、大フォーラムが行われたことは、とても意味のあることだと思っています。このつながりの力によって、各地、各人の困難さに共同して立ち向かう思いを作り出して行きたいと思います。

 この大フォーラムで大勢のしょうがいしゃが全国で繋がれたことは、どんな状況にあっても人と人とは繋がっていけるという証明でもあります。人と人が思いやりをもってお互いの存在を認め合い、差別や偏見のない社会を作って行きましょう。